「覚悟する」と「あきらめる」は違うものなんだけど、
同じ意味合いで使われることも多い。
例えば、脱サラしてラーメン屋を開いたという時、
「お客さんがたとえ一人しか来なくてもいい」
というのが「覚悟する」。
「お客さんが一人しか来なくても仕方がない」
というのが「あきらめる」。
覚悟とは
「そうならないように全力を尽くすが、
たとえそうなったとしても、
心の準備をしてそのときの対処法も考えておく」
というもの。
覚悟はその経験を次に活かせるが、
「あきらめる」は思考放棄なので何も産まない。
そして、覚悟というのはどれだけの達人になっても必要。
ある綱渡り名人の話では、
貼られたロープの上をスイスイと歩くためには、
落ちることを覚悟して覚悟して覚悟し尽くして、
もう覚悟さえ意識的に必要としなくなった時、
初めてスイスイと渡れるようになるのだとか。
それは、覚悟が必要なくなったと言うより、
いちいち気合を入れて覚悟を決めなくても、
自然とその状態になっているという感じ。
「熱心」と「真剣」もこれと同じで、
熱心に一生懸命やっていても意味はない。
自分の行動に意味を見出して真剣に動くことで、
もし結果が出なくても思考と改善でゴールに近づいていける。
真剣にやってる人間は、
自分の行動が何を引き起こすかを覚悟して動くが、
ただ熱心にやってるだけの人間は、
その覚悟がないから結果を出せない。
崖の上にかかる丸太の一本橋があっても、
熱心なだけでは渡り切ることはできない。
真剣にやってこそ渡ることができる。
実は、新しいことを進めるときに、
「覚悟をする」というのを嫌う人もいる。
「悪いことが起きる予想なんてしないほうが良い。
上手くいくに違いないとポジティブに信じる」
と言う人もいる。
もちろん、トラブル無く上手くいくのが一番良いのだが、
起こりうることが起きたときの覚悟をしておくのは大事なのだ。