人が「他人のために何かをする」とき、
動機は大きく2つに分けられると思う。
「これをやったら喜んでくれるかな?」
「驚かせたい(感心させたい)」
という気持ち。
「関係を悪化させたくない」
「これをしないと怒られる」
「これをしておけば機嫌が良くなる」
という気持ち。
一般的に、モチベーションが高くて、やる気が出て、
「もっとやりたい!」につながりやすいのはAだ。
「どっちで動きたい?」と聞かれたら、
多くの人がAを選ぶはず。
でも逆に、「人を動かす側」になった瞬間、
Bで動くように仕向けてしまう場面は意外と多い。
たとえば子どもに勉強や片付けをさせたいとき。
「勉強しないと怒るよ!」
「お片付けしないと捨てるよ!」
「パパの言う通りにしなさい!」
こういう声かけは、
B(恐怖・恫喝・権力)を使って動かそうとしている。
これは親だけの話ではない。
実は子ども自身も、Bで人を動かすことがある。
たとえば、おもちゃを買ってもらえないときに、
地面に突っ伏して大泣きする。
あれは「泣くと親が困るだろう」「面倒になるだろう」と、
Bで動かそうとしている行動とも言える。
そして、もし親がそれに負けておもちゃを買ってしまったら、子どもに、
「Bで人を動かせた」という成功体験が残る。
さらに、親からもBで動かされる経験が積み重なると、
そのやり方は「当たり前のこと」として身についていき、
次の世代にも受け継がれやすい。
本当は、人を動かすときも動かされるときも、
「喜ばせたい」
「驚かせたい(感心させたい)」
というAの気持ちを持っている人は多い。
だからこそ、Bが当たり前になると、
人間関係はじわじわ苦しくなりやすい。
「怒られないためにやる」
「機嫌を損ねないためにやる」
が中心になると、信頼よりも恐怖や警戒心が増えるからだ。
自分が誰かにお願いしたり指示を出したりするとき、
今の言い方はA(喜ばせたい)を引き出しているか、
それともB(怒られたくない)で動かそうとしているか。