言われてみればそうだよね

不労所得で7年ほどセミリタイアして子育てしてましたが、2018年から復帰して投資講座を始めました。

「覚悟する人」と「あきらめる人」の決定的な違い

「覚悟する」と「あきらめる」は違うものなんだけど、 どうもごっちゃに使ってる人が多い気がします。

例えば、初めてセミナーを開こうかという時、

「お客さんがたとえ一人しか来なくてもいい」

というのが「覚悟する」

「お客さんが一人しか来なくても仕方がない」

というのが「あきらめる」


「覚悟する」というのは、
「そうならないように全力を尽くすが、たとえそうなったとしても受け入れる」

というもの。

覚悟はその経験を次に活かせるが、 「あきらめる」だと、次に何も産まない。


その「覚悟」というのは、どれだけの、名人・達人になっても必要です。

ある綱渡り名人の話では、

「貼られたロープの上をスイスイと歩くためには、
 落ちることを覚悟して覚悟して、
 それをし尽くして、もう覚悟さえ必要としなくなった時、
 初めてスイスイと渡れるようになる」


また、「覚悟」は、「真剣さ」も生み出します。

「真剣さ」と、「熱心さ(頑張り)」も、また違うものです。
「真剣にする」は、回数に関係なく、いまやろうとしていることに全神経を集中して行うこと。

「熱心にする(頑張る)」は、気持ちだけが先走り、粗削りで、集中力を欠いています。


例えば、子どもが料理で包丁を扱うときに、「怪我をしないように」と掛ける言葉は、

「真剣にやりなさい」

「熱心にやりなさい(頑張りなさい)」と言う人は少ないと思います。

真剣にやってる人は、

「自分の行動が何を引き起こすか」

を覚悟して動きますが、 ただ熱心にやってるだけの人は、 その覚悟がないから結果を出せないのです。


谷間にかかった丸太の一本橋は、 真剣にやれば渡ることができますが、
熱心なだけでは渡り切ることはできないのです。

昔、プロ野球三冠王を何度も取った落合博満選手は、 打撃練習では、何時間も「熱心に練習する」のではなく、

たった一球だけの練習でした。
投手に、自分の体に向かって投げさせ、それを打ち返す、ということをしたそうです。

これこそは、熱心と言うより、
真剣な練習だったのでしょう。