言われてみればそうだよね

不労所得で7年ほどセミリタイアして子育てしてましたが、2018年から復帰して投資講座を始めました。

情報を知識に、知識を経験に変える

今の世の中では、「知る人」と「知らない人」の差が、どんどん大きくなっているように感じます。

良い情報が入ってきても、それを受け入れようとしなければ、ただ通り抜けていくだけで、「知識」にはなりません。

情報 → 知識 → 経験 → 実利

「情報」があって、それを知ろうと受け入れて勉強すれば、それは「知識」になります。

その「知識」を活かそうとして、より深く勉強したり、実際に行動したりすれば、それは「経験」になります。

そして「経験」になって、ようやく実利が得られるようになります。また、それを人に教えることもできるようになります。

情報 →(受け入れ・勉強)→ 知識 →(行動)→ 経験 →(積み重ね)→ 実利

多くの人が止まってしまう場所

でも多くの人は、せっかく情報があっても、それを受け入れようとせずにスルーしてしまいます。

あるいは、受け入れたとしても、「知識」の段階で止まってしまうのです。

「知っている」と「できる」は違います。
そして、「できる」と「人に教えられる」も違います。

そこまで進めて、初めて自分のものになる

情報を知識に変え、
知識を経験に変え、
経験を実利に変えていく。

ここまで進めて、初めてその情報は自分のものになるのだと思います。

でも多くの人は、情報があっても、それを受け入れようとしないでスルーしたり、受け入れたとしても「知識」で止まってしまいます。

——ああ、なんてもったいない。

感情ではなく理性で動けているか

短期投資を長く続けていると、
理由をうまく説明できないまま、
「なんとなくエントリーしないほうが良い」
とか、逆に、
「ここはエントリーした方が良い気がする」
と感じる場面があります。

これは、ただ何となくそう思っているのではありません。

これまで何度も相場を見てきた中で、
様々な経験をしてきたことで、
「こういうときは無理をしないほうがよい」
「こういう形は狙ってよい」
という経験則が、感覚として働いているからです。

そのため、短期投資における
「なんとなく今は違う気がする」
「なんとなくここは行けそうだ」
という感覚は、多くの場合、
経験に裏打ちされた大切なサインであることがあります。

一方で、それとは別に、
感情によって売買したくなるときがあります。

上がっている銘柄を見て、
「今入らないと乗り遅れる!」
と焦ったり、
含み損を見て、
「これ以上下がったら怖い!」
と慌てて売りたくなったり、
少し利益が乗っただけで、
「今のうちに確定しないと利益が消える!」
と不安になったりすることがあります。

本来であれば、
ルール通りにエントリーする場面なのに怖くてエントリー出来ない、
逆に、見送るべき場面なのに勢いで飛びついてしまう。
このような判断は、感情に引っ張られている状態です。

そして、短期投資では、こうした感情的な売買は、
多くの場合うまくいきません。

では、その違いはどこにあるのでしょうか。

それは、動くためのエンジンが、
「経験からくる理性」なのか、
「感情からくる衝動」なのか、
という違いです。

経験からくる理性は、意外と静かです。
無理に自分を興奮させることもなく、
強い不安をあおることもなく、
ただ自然に、
「今日は見送ったほうがよい」
「この形ならルール通りに入ってよい」
と感じさせます。

一方で、感情に振り回されているときは、
心が落ち着きません。

早く買わなければと思ったり、
今売らないと危ないと感じたり、
取り返したい気持ちが強くなったり、
一回の売買で大きく勝ちたいという欲が出たりします。

短期投資では、こうした心のざわつきがあるときほど、
判断が雑になりやすく、
本来のルールを破りやすくなります。

つまり、
理性で動いているのか、
感情の波に押されているだけなのか。
そこを見極めることがとても大切です。

また、理性の力は弱いですが、
感情の力はとても強いです。

そのため、この両方が争ったとき、
多くの場合、感情が勝ちます。

理性からくる感覚は、
無駄なエントリーを減らし、
危ない場面を避ける助けになります。

しかし、感情からくる衝動は、
無理矢理エントリー、高値掴み、
狼狽売り、損切り遅れといった形で、
自分の資金を大きく傷つける原因になります。

だからこそ、
「今の自分は、理性(経験)で動こうとしているのか」
「それとも、感情で動こうとしているのか」
と、一度立ち止まって確認することが大切です。

この違いがわかるようになると、
無駄なトレードは大きく減り、
短期投資の判断も少しずつ安定していきます。

では、その違いがわかるようになるためには、
どうしたらよいのでしょうか。

いちばん大切なのは、
売買のたびに、
「自分がそのときどう感じていたか」
そして
「その結果どうなったか」
を振り返ることです。

自分では冷静に判断したつもりでも、
実際には焦りや欲で動いていることが少なくありません。

だからこそ、あとから振り返ることによって、
理性(経験)による判断だったのか、
感情による反応だったのかが、
少しずつ見えるようになります。

会員サイトのトレード記録では、
トレードの感想に、追記をすることが出来るようになっています。
トレードが終わってから1ヶ月後、冷静になった頃に、
そのトレードが「ルール通りに行うことが出来ていたか」
を客観的に書いてみてください。

こうした記録を続けていくと、
自分が勝ちやすい場面だけでなく、
自分が感情で崩れやすい場面も見えてきます。

経験からくる感覚で入ったトレードは、
あとから見返しても、
比較的筋が通っていることが多いものです。

一方で、感情で入ったトレードは、
その瞬間は正しいと思っていても、
あとから見ると、

「上がっているのを見て焦って飛び乗っただけだった」
「損を認めたくなくて、損切りを遅らせただけだった」
「取り返したくて、無理矢理に入っただけだった」

と気づくことが少なくありません。

つまり、
短期投資で感覚の質を高めるためには、
自分の売買を感覚のまま終わらせず、
きちんと観察することが必要なのです。

そのためには、
トレード記録をつけることがとても有効です。

トレード記録をしておくと、自分の中で
「理性による後押し」
「感情による衝動」
の違いが、少しずつはっきりしてきます。

そしてもうひとつ大切なのは、
感情が大きく動いているときほど、
すぐに売買しないことです。

短期投資では、
連続で負けたあと、
急騰銘柄を見つけたとき、
大きな含み損を抱えたときなどに、
特に感情が乱れやすくなります。

そのようなときは、
視野が狭くなり、
普段ならしない判断をしやすくなります。

だからこそ、
強く買いたい、
すぐ逃げたい、
今取り返したい、
そう思ったときほど、
いったん立ち止まることが大切です。

チャートを見直し、
地合いを確認し、
自分のルールに合っているかを確かめる。
そのひと手間が、
感情の売買を防いでくれます。

本当に経験からくる感覚であれば、
少し時間を置いても、
その判断は大きくぶれないことが多いものです。

しかし、感情からくる衝動は、
少し時間を置くだけで弱まることがよくあります。

だからこそ、
「今すぐ入らないと」
「今すぐ売らないと」
と強く思ったときほど、
自分を疑ってみることが大切です。

ですので、最初のうちこそ、
15時30分の大引けでのエントリーや決済をするのではなく、
市場が閉まってから、一旦冷静になって考えて、
翌営業日の9時の予約を入れる、
というパターンをおすすめします。

この積み重ねによって、
自分の中で、

これは短期投資の経験が教えてくれている感覚なのか、
それとも焦りや欲が暴れているだけなのか、

その違いが少しずつわかるようになっていきます。

最初から完璧に見分けられる人はいません。
けれども、
記録して、振り返って、修正していくことで、
短期投資における判断の精度は確実に上がっていきます。

短期投資で長く生き残るために必要なのは、
特別な才能だけではありません。

自分の売買を観察し、
自分の感情の癖を知り、
判断の質を育てていくこと。

その積み重ねこそが、
短期投資で安定していくための大きな力になるのだと思います。

配当金の落とし穴

3月末、9月末といえば、株の配当金の権利取りが意識される時期です。

ただし、短期投資では、
「配当金をもらうこと」を目的にしてはいけません。

これはとても大切なポイントです。

「株式投資といえば配当金」というイメージを
持っている人も多いかもしれません。

しかし、それは主に長期投資をする方に当てはまる考え方であり、
短期投資においては、
配当金はむしろ注意すべき要素になります。

ハッキリ言うと、邪魔な存在です。

特に、配当利回りの高い銘柄は要注意です。

株は、配当の権利付き最終日まで保有していると、
配当金を受け取る権利を得られます。

しかし、配当の影響が大きい銘柄では、
ほぼ確実に、その翌営業日に、
株価が大きく下落します。

その下落率は、多くの場合、
その配当比率を大きく上回ります。

さらに、その下落を警戒する投資家が増えることで、
権利付き最終日の前から、
株価が下がり始める場合もあります。

「この日を過ぎれば配当金がもらえるから大丈夫」

そのように考えてしまうと、
受け取れる配当金よりもはるかに大きな金額を、
株価の下落によって失ってしまうことがあります。

しかも、配当金が実際に入金されるのは数か月後です。

それであれば、権利付き最終日の前に利益確定をして、
どうしてもその銘柄を保有したいのであれば、
株価が下落した後に買い直すとやり方もあります。

その方が、配当を貰うよりも、
よほど大きく増やすことが出来ます。

配当金比率が大きい銘柄の場合、
その銘柄の業績ではなく、配当金目当てに株を買ってる人が多くなるため、
権利落ち日が近づいて大暴落が続き、
一ヶ月も経たないうちに株価が半値近くになることさえあります。

いずれ元に戻る、と言っても、それが戻るのがいつになるかはわかりません。

だからこそ、自分が保有している銘柄について、
次の点をしっかり確認しておくことが大切です。

・配当金はいくら(何%)なのか
・権利落ち日はいつなのか
・出来高はどの程度増えているのか
・過去に同じような状況で株価がどう動いたのか

これらを把握しておくだけでも、
短期投資における大きなリスクを避けやすくなります。

生き残ることが投資の要

個別銘柄の投資で、本当に大切なこと。

投資で最も大事なのは、何があっても生き残ることです。
つまり、資産を守ることです。

相場が良いときは、多少やり方が粗くても資産は増えていきます。

しかし、本当に実力と準備の差が出るのは、
数年にわたるような大暴落に直面したときです。

投資を始めた人は、おそらく一生続けることになるでしょう。
だから、いずれ必ず、大きな暴落を経験します。

10年、20年に一度は、
市場全体が何年も沈み続ける大暴落が訪れるからです。

いま投資をしている多くの人はそれに遭遇していません。
おそらくは、いま株式投資を教えている講師の人でさえ、
そういう人が多いでしょう。

そのため、暴落時にも平然と、

「こういうときは、ひたすら我慢です」

「今こそバーゲンセールです。買い増しのチャンスです」

といったことを語ってきます。

もちろん、短期間で戻る暴落なら、
それでうまくいくこともあります。

問題は、暴落が起きたとき、
それが短期間で戻る暴落なのか、
数年間に及ぶ大暴落なのか、
最初の段階ではほとんど見分けがつかないことです。

暴落が長引きそうな兆候を見せたとき、自分がどう行動するのか。
それは、相場が平穏なうちに決めておかなければなりません。

実際に暴落が始まってから考えると、
多くの場合は行動が遅れます。

「どうしよう・・どうしよう・・」
と感情に任せて動揺し、
そしてついに「損切しよう」などと決断したときが、
その銘柄の下落のピークだったりします。

これは必然的なことです。
なぜなら、人間の我慢の限界値はだいたい同じだからです。
だから、自分の我慢の限界のピークは、
他の人にとってもそうなのです。

だからこそ、感情で判断すると、
他の人と同じタイミングで振り回されやすくなります。

さて、大暴落への備えは、大地震への備えとよく似ています。

地震は、起きてから避難の方法を考えるものではありません。
あらかじめ「こうなったら、こう動く」と決め、
何度も頭の中でシミュレーションしておくからこそ、
本番で命を守れます。

投資も同じです。
大暴落が起きてほしくはありません。

ですが、いずれ起こる可能性は極めて高いです。

だから、起きたときにどうするかを、
平時のうちに決めておく必要があります。

積立でインデックス投資をしている人は、
基本的にはそのままの方針を続ければよいでしょう。

ですが、個別銘柄に投資している人にとっては話が別です。

大暴落への対抗策が、
「待つ」
「(戻るのを)祈る」
「買い増しする」
この3つしかないのであれば、
それは戦略ではありません。楽観的な願望です。

実際、リーマンショックのときにも、
それ以前は本を何冊も出して人気を集めていた人たちが、
大暴落の後は一斉に姿を消しました。

しかし、これを読んでいる人の中には、

「投資の神様であるウォーレン・バフェット氏も
 『暴落の時こそ株を買うチャンス』だと言ってるじゃないか!」

そう反論したくなるかも知れません。

しかし、あれは、

「暴落の時にはそこまで下がる理由のない優良銘柄までつられて暴落する。
 だからその株を買いましょう」

という意味です。

そして、彼にはそれを見抜く方法があります。

彼は業績を見るだけではなく、
実際に気になった企業に直接出向いて、
最高責任者に直接話を聞いたりする事もできます。

また、優れたブレーンを何十人も雇っています。

そして、バフェット氏は、

「(個別銘柄に投資するなら)その銘柄について数十枚のレポートを
 書けるぐらい詳しくならなければならない」

という趣旨のことも語っています。

しかし、多くの個人投資家に出来ることは、
四季報や決算資料を読むところまでです。
自分が投資している銘柄の本当の価値をわかる手段はありません。

だからこそ、個別銘柄の投資で最も大切なのは、
うまく勝つこと以上に、どんな相場でも退場しないことです。

ただし例外はあります。

そういう、何十年に一度の大暴落時にも、平気な顔で買い増しをし、
そして、資産が減っていくことに何の痛痒もなく、
その暴落が終わるまで何年も待ち続けることが出来る人がいます。

こういう人は、
「他にお金が入ってくるあてがあって、
 投資資産が減少しても全く精神的なダメージがない」

という人です。

私の知る限り、かつてのリーマンショックの時の場合に、
そういうことを出来た人は、

「旦那さんが実業家で、奥様が趣味で投資をされている」

とか、

「別に事業をしており、投資は無くなっても良いと思えるレベルの金額で行っている」

というパターンでした。

なお、こういう人たちの投資理論は、一般の投資家には役に立ちません。

なぜなら、この人たちは本気で、

「このお金が無くなっても別にいいや」

というゲーム感覚で投資をしているからです。

大暴落は、いつか必ずやってきます。
そのときに自分を守れるのは、楽観論でも根性論でもありません。
事前に決めたルールと、冷静に行動できる準備です。

投資で最も大事なのは、生き残ることです。
資産を守り、次のチャンスまで市場に残り続けることです。

それが、個別銘柄の投資において最優先で考えるべきことだと思います。

人を動かす2つの動機:「喜ばせたい」と「怒られたくない」の違いとは?

人が「他人のために何かをする」とき、
動機は大きく2つに分けられると思う。

A.相手を喜ばせたい(プラスの動機)
 「これをやったら喜んでくれるかな?」
 「驚かせたい(感心させたい)」
という気持ち。
B.相手を怒らせたくない(マイナスを避ける動機)
 「関係を悪化させたくない」
 「これをしないと怒られる」
 「これをしておけば機嫌が良くなる」
 という気持ち。

一般的に、モチベーションが高くて、やる気が出て、
「もっとやりたい!」につながりやすいのはAだ。

「どっちで動きたい?」と聞かれたら、
多くの人がAを選ぶはず。

でも逆に、「人を動かす側」になった瞬間、
Bで動くように仕向けてしまう場面は意外と多い。

たとえば子どもに勉強や片付けをさせたいとき。
「勉強しないと怒るよ!」
「お片付けしないと捨てるよ!」
「パパの言う通りにしなさい!」
こういう声かけは、
B(恐怖・恫喝・権力)を使って動かそうとしている。

これは親だけの話ではない。
実は子ども自身も、Bで人を動かすことがある。

たとえば、おもちゃを買ってもらえないときに、
地面に突っ伏して大泣きする。

あれは「泣くと親が困るだろう」「面倒になるだろう」と、
Bで動かそうとしている行動とも言える。

そして、もし親がそれに負けておもちゃを買ってしまったら、子どもに、
「Bで人を動かせた」という成功体験が残る。

さらに、親からもBで動かされる経験が積み重なると、
そのやり方は「当たり前のこと」として身についていき、
次の世代にも受け継がれやすい。

本当は、人を動かすときも動かされるときも、
「喜ばせたい」
「驚かせたい(感心させたい)」
というAの気持ちを持っている人は多い。

だからこそ、Bが当たり前になると、
人間関係はじわじわ苦しくなりやすい。

「怒られないためにやる」
「機嫌を損ねないためにやる」
が中心になると、信頼よりも恐怖や警戒心が増えるからだ。

自分が誰かにお願いしたり指示を出したりするとき、
今の言い方はA(喜ばせたい)を引き出しているか、
それともB(怒られたくない)で動かそうとしているか。

そこを一度意識するだけで、Bに偏る場面は少しずつ減っていくと思う。

他人への悪口・批判・批評は、自分への呪いになる

文字 

 


「他人への悪口・批判・批評は、自分への呪いになるよ」

と、娘にいつも伝えている。

これは決して、スピリチュアルな話ではない。
そうすることで、自分自身に足かせをつけてしまうからだ。


人間心理にある「一貫性の法則」

人間には「一貫性の法則」がある。

これは、自分が口にした言葉と矛盾する行動を取りにくくなる心理のことだ。

だから、他人を批判した言葉は、
いつか自分の行動を縛ることになる。

例えば…

ちょっと悪ぶって
「必死になってやってる奴はカッコ悪い」
なんて言ってしまったとする。

すると、自分が何かをやり遂げるために必死にならなければいけない場面で、
その言葉が足かせになる。

  • 「必死になってたら誰かに笑われるんじゃないか」
  • 「一生懸命やってたら馬鹿にされるんじゃないか」

そんな恐れが頭をよぎり、
全力を出せなくなってしまう。

他人を下げる言葉は、一瞬は自分を守ってくれるように見えて、
あとから自分の可能性を削っていく。

結局いちばん損をするのは、自分自身だ。

他人への言葉は、自分への許可証

逆に言えば、他人の頑張りを素直に認められる人は、自分も堂々と頑張れる。

人を応援する言葉は、自分への許可証にもなるのだ。

目標設定の本当のコツは「現実の延長線上にない目標」を置くこと

目標設定の本当のコツは「現実の延長線上にない目標」を置くこと

目標を設定するときには、
ちょっとしたコツがあります。

「今の延長線上では到底届かないくらいの、とてつもない目標をあえて掲げてみる」

一見ムチャなようですが、
ここに大きな意味があります。


■「今を少し頑張る」発想からは抜け出せない

たとえば、今の働き方でも何とか届きそうな目標を立てると、出てくるアイデアはだいたい決まっています。

「残業をもっと増やそう」
「仕事をもっと取ってこよう」

せいぜい、このくらいです。

つまり、
「今のやり方を、もっと頑張る」
という発想から抜け出せません。


■大阪→八ヶ岳「6時間」より「2時間」の目標を置く意味

大阪から長野県の八ヶ岳まで車で行くとします。

普通に走って6時間半。

ここで、

「大阪から八ヶ岳まで6時間で行こう」

と設定しても、アイデアはこうです。

「休憩を減らそう」
「制限速度ギリギリまでスピードを出そう」

しかし、

「大阪から八ヶ岳まで2時間で行く」

と、物理的に無理な目標を置いた瞬間に、

「じゃあヘリを借りるとしたら?」
「どこで借りる?」
「いくらくらい?」

と、発想そのものが別次元に切り替わります。


■飛び抜けた目標は前提をひっくり返す

現状の延長で叶う目標だと、アイデアも現状の延長です。

でも、

「現状では到底かなわない目標」

を置くと、脳は前提ごと変えて考え始めます。


■ただし、リアリティのない目標は脳が動かない

「年収100兆円を目指す!」

と設定しても、

「どうせ無理だし」

と思った瞬間、脳は考えるのをやめます。

「叶ったら本気でうれしい。だけど今は到底届かない。」

このバランスが重要です。


■その目標に“緊張とワクワク”が同時に存在するか

今のままでは到底届かない。
でも、叶ったら本気でうれしい。

この感覚がある目標を掲げると、

眠っていた発想が勝手に動き始めます。


■「大きな目標を持つなんて恥ずかしい」その謙虚さが足を止める

「おこがましい」「恥ずかしい」
という気持ちから、自分を小さくまとめてしまう人もいます。

でも、もし今、

「成長に頭打ち感がある」
「最近、大きな変化がない」

と感じているなら、

常識外れに見えるくらいの目標を、一度ノートに書き出してみてください。

そのとき浮かぶ、

「いつもとは違うアイデア

が、これからのあなたを大きく動かすきっかけになるかもしれません。

過去のブログを読み返してみると、4年前にこんなことを書いていました。

過去のブログを読み返してみると、4年前にこんなことを書いていました。


https://www.creconblog.com/entry/2021/03/24/204811

「自分のやりたいこと」

自分のやりたいことは、時々人にも話していたのだが、ここらでまとめようと思う。

今の自分がやりたいことは、

・子供の能力を引き出す
・投資で儲かる人を増やす

の2つ。

これから先、日本の人口が減り続けることは既にわかっている。
30年後には1億人を切る。

(これはかなり希望的な推測なので、実際にはもっと早くに1億人を割ると私は思っている)

人口が減っていく中、安易に移民を入れると、必ず内紛が起きる。

じゃあ、人口が減る中、日本が国力を維持するにはどうすればよいかと言うと、 もちろん様々な手があるのだが、そのうちの2つは、 個々の能力を上げることと、個人がもっと投資すること だと思う。

個々の能力を上げるためには、子どもたちがもっと楽しく自分の能力を活かすことをできるようになれば良い。

子供のうちの学力の高さは読書量に比例すると言われているので、読書が好きな子が増えれば良い結果になる。

投資に関しては、タンス貯金は死に金だし、銀行預金も個人にとっては何のうま味も無いもの。

それらのお金が投資に回り、そして投資で儲かる人が増えれば増えるほど株価も上がる。

株価は、その国の国力がわかりやすく数字で表されるものの一つ。

これらを達成していきたい。


読み返してみて、
自分が本当にやりたかったことは

・子供の能力を引き出す
・投資で儲かる人を増やす

この2つだったんだな、と改めて確信しました。

この10年ほどは、主に「投資講座」という形で、
「投資で儲かる人を増やす」ことに力を入れてきました。

一方で、子育てについては、ずっと勉強を続けて理論をまとめ、
それを自分の子どもに対して実践してきました。

その結果として、一定の成果は出てきたと感じています。

そろそろ、投資だけでなく、
「子育て(教育)」についても、外に向けてお伝えしていく時期だと判断しました。

これからは、
投資講座に加えて、
「子育て・教育に関するコーチングや講座」も始めていきます。

「お金」と「子どもの成長」
この2つの軸から、みなさんの人生をサポートしていければと思っています。

子どもがミスしたときの声掛けについて

子どもがミスしたときの声掛けについて。

日本の少年野球では、
ミスをしたときに 「ドンマイ!」 と声をかける。

これは英語の
“Don't mind!(気にするな!)”
から来ている。(和製英語らしいけど)

野球に限らず、日常生活でも、
子どもが何かのチャレンジをして失敗したときに、
「気にしないでいいよ」と声をかけてしまうことがある。

でも、これはよく考えると、
「失敗したけど気にするな」
ということ。

次に同じ場面に直面したとき、
「今度は失敗しちゃいけない」
と萎縮してしまうかもしれない。


一方、アメリカの少年野球では…

ミスした場面では、
「Good Challenge!(よく挑戦した!)」
と褒めるそうです。

これは、
「挑戦したことが素晴らしい!」
と、ミスそのものではなく、挑戦した “行為” を褒めている。

こちらのほうが、次にまた同じような場面が来たとき、
「よし、またチャレンジしてやろう!」
と前向きに挑むことができるのだろう。

子どもが伸びるのは、
失敗を慰められたときではなく、
挑戦を認められたとき だと思う。

 

脳は、嫌なことはすぐに忘れる

「痛い目を見たら教訓になる」
よく言われますが、実際にはそうならないことが多いです。

では、
「痛い目を見た時」
「おいしい思いをした時」
どちらのほうが印象に残るのでしょうか?

多くの人は、痛い目を見たほうが記憶に残ると思いがちですが、
実際には、おいしい思いをしたときのほうが強烈に印象に残る のだそうです。

痛い目を見たときは「嫌な記憶」なので、脳はすぐ忘れようとします。
そのため、本来なら教訓にすべき体験なのに、記憶に残りづらいのです。

一方で、おいしい思いをしたときは強烈に記憶に刻まれ、
たとえそれが極めてレアな出来事でも、「またあれを味わいたい」と追い求めてしまう のです。

ギャンブルで大勝ちした人がハマってしまう理由がまさにこれです。

ギャンブルではほとんど負けて痛い目を見ているにも関わらず、
その記憶はすぐに薄れ、
たまに訪れる「大勝ち」だけが強烈に残ってしまう。
そして、その極レアの勝ちを追い求めてしまうわけです。

本来なら、大勝ちしたときこそ忘れるべきなのですが、
人間の脳はそうできていません。

であれば、 痛い目を見たときの記録をきちんと残し、定期的に見直して教訓にするしかない のです。



 

今の成功を受け入れていないと、潜在意識は自分を失敗に導く

「自分の好きなこと」=「収入を得られること」
とは限らないのです。

好きな仕事を一生懸命やっても全くうまく行かないこともあれば、
逆に、そんなに気合を入れてやってたつもりはないのに、
お客さんから喜ばれて大成功することもあります。

その場合、つい、 「これは片手間でやっただけだから、私の本当の実力じゃないんだ」 と卑下しちゃうことがあります。

人間の心は、思っていることを正当化するために動きます。

なので、自分のことを卑下していると、
潜在的にミスを繰り返したりして、失敗に終わり、
「ほら、やっぱりダメだった」
としてしまうのです。

今の成功を受け入れていないと、
潜在意識は自分を失敗に導いてしまいます。

努力と成功の質は一致しない

「努力しないで成功するわけがない」

という偏見があるから、
「いや、苦労なんてしなかったよ」と言っても、

(この人はこう言っているけど、きっと辛かったに違いない)

と思われてしまいます。


実際には、

「後から見れば苦労に見られるかもしれないけど、
 やってた時はそんなのいちいち考えなかった」

ということが多いのです。


ただ、日本では「苦労しないで成功した」はタブー扱いされます。

「苦労しなかったのが本当なら、成し遂げたことは大したことじゃなかったんだ」

と思われがちです。


かつて、小惑星探査機「はやぶさ」が探査を成し遂げた時、

  • トラブル続きだった「はやぶさ1」は絶賛された。
  • トラブルもなく無事任務をこなした「はやぶさ2」は、メディアでほとんど取り上げられなかった。

実際には、はやぶさ2」こそが大成功を成し遂げているのに、です。


ちなみに「はやぶさ1」も、メディアでは

「襲いくる次々の困難を乗り越えた」

と報じられましたが、
現場の人たちからすれば、想定の範囲内のトラブルで、
解決したときも「やっぱりね」ぐらいのことだったそうです。


関係のない他人は、
「大成功」に対して必ず「苦労」という付属品をくっつけてきます。

しかし、この思い込みはほとんどの人が持っているため、
自分自身が楽しみながら行動して成功したとしても、
心の奥でこう思ってしまうことがあります。

「苦労していない成功は間違っている」

これは、潜在意識にこっそり刷り込まれた“日本的な呪い”なのかもしれません。

楽しみながらでも結果は出せる

私たちは子どもの頃から、

「欲しいもの(結果)を得るためには、
 辛い思いをしなければならない

と、いつの間にか思い込まされています。

だから、
何かを達成するための行動は「苦労(または苦行)」である
と勝手に思い込んでしまいます。


たとえば、

  • テストで高得点を取るための勉強は「苦労」
  • 筋肉を鍛えるためのトレーニングも「苦労」

自分ではそう思ってなくても、周りから

「苦労されたんですね」
「頑張ってこの結果を得たんですね」

などと言われ続けると、いつの間にか、

「私は苦労してこの結果を得たんだ」

と思い込んでしまうこともあります。


本当は、結果を得るために必要なのはただの「行動」なのに、
そこに「苦労」というラベルをわざわざ貼っているだけなんです。

だから、目標に向かって進んでいるときに、
その行動を自分が楽しんでいる場合、

「こんなことやっても良い結果は出ないんじゃないか?」
「もっと辛いことをしなきゃいけないんじゃないの?」

と思って、わざわざ辛くなるやり方を選んだり、
楽しんでいたはずなのに眉間にシワを寄せてやってしまうこともあります。

しかし、行動の中身さえ間違っていなければ、
多くの場合、望んでいる結果は出るものです。

むしろ、ゴールに至るまでの過程は、
楽しんだ方がずっと気持ちが良いと思います。

「覚悟する人」と「あきらめる人」の決定的な違い

「覚悟する」と「あきらめる」は違うものなんだけど、 どうもごっちゃに使ってる人が多い気がします。

例えば、初めてセミナーを開こうかという時、

「お客さんがたとえ一人しか来なくてもいい」

というのが「覚悟する」

「お客さんが一人しか来なくても仕方がない」

というのが「あきらめる」


「覚悟する」というのは、
「そうならないように全力を尽くすが、たとえそうなったとしても受け入れる」

というもの。

覚悟はその経験を次に活かせるが、 「あきらめる」だと、次に何も産まない。


その「覚悟」というのは、どれだけの、名人・達人になっても必要です。

ある綱渡り名人の話では、

「貼られたロープの上をスイスイと歩くためには、
 落ちることを覚悟して覚悟して、
 それをし尽くして、もう覚悟さえ必要としなくなった時、
 初めてスイスイと渡れるようになる」


また、「覚悟」は、「真剣さ」も生み出します。

「真剣さ」と、「熱心さ(頑張り)」も、また違うものです。
「真剣にする」は、回数に関係なく、いまやろうとしていることに全神経を集中して行うこと。

「熱心にする(頑張る)」は、気持ちだけが先走り、粗削りで、集中力を欠いています。


例えば、子どもが料理で包丁を扱うときに、「怪我をしないように」と掛ける言葉は、

「真剣にやりなさい」

「熱心にやりなさい(頑張りなさい)」と言う人は少ないと思います。

真剣にやってる人は、

「自分の行動が何を引き起こすか」

を覚悟して動きますが、 ただ熱心にやってるだけの人は、 その覚悟がないから結果を出せないのです。


谷間にかかった丸太の一本橋は、 真剣にやれば渡ることができますが、
熱心なだけでは渡り切ることはできないのです。

昔、プロ野球三冠王を何度も取った落合博満選手は、 打撃練習では、何時間も「熱心に練習する」のではなく、

たった一球だけの練習でした。
投手に、自分の体に向かって投げさせ、それを打ち返す、ということをしたそうです。

これこそは、熱心と言うより、
真剣な練習だったのでしょう。

SNSで、自称投資家のフォローを外す理由

投資においては、最初に「いつ買うか」(エントリー)のタイミングよりも、
実は「いつ利確・損切を行うか」のタイミングの方が重要です。

でも、それを妨げる要素が「その銘柄に対する予備知識」
つまり、その銘柄を買った理由です。

例えば、Aという銘柄があったとして、
ネットのインフルエンサーがこう言っていたとしましょう。

「Aは今1000円ですけど、将来は3000円になりますよ!」

この言葉を信じてAを買った場合、
あなたのトレードスタイルが崩れてしまう危険性があります。


例えば、1000円で買ったAが900円に下がったとします。
普段ならここで損切りしていたかもしれません。

でも、インフルエンサー「3000円になりますよ!」という言葉が頭に残っていて、
なかなか損切りができない。

株価が下がっても、 「彼が言ってるんだし、そのうち上がるだろう」 と思って持ち続けてしまうのです。

そして、当のインフルエンサーはと言うと、
もうAの銘柄のことは忘れて、別の銘柄をオススメしていたりします。


インフルエンサーだけでなく、テレビや雑誌で仕入れた情報でも同じです。

こういうふうに、自分ではなく他者主導でエントリーした銘柄は、
利確や損切りのタイミングも自分の判断でできなくなってしまいます。


だからこそ、「自分主導」の投資をするために、まずやるべきことは──

SNSで、自称投資家やインフルエンサーのフォローをすべて削除することです。